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『ピーターラビットのおはなし』が明治(1906年)の雑誌に
2007年5月9日読売新聞、5月12日朝日新聞、他

 2007年5月ゴールデンウィーク明けに、日本および世界の主要な報道機関で、『ピーターラビットのおはなし』の、おそらく最古の他国語への翻訳本が、ここ日本において発表されていたという事実が発見され、報道されました。

 私は偶然にもその翻訳本を発見し、その一部始終に関わる事ができました。そこで、実際の翻訳内容と、発見までの経緯を紹介したいと思います。


執筆者と時代背景

 和光大学助教授の奥須磨子先生による、松川二郎氏について調べた論文が掲載されているページに、松川氏が読売新聞の記者から、日本農業雑誌を経て、後に国内初の旅行ライターになったという経緯とともに、彼が担当した文章のタイトルと発行年が紹介されていました。

 資料・松川二郎氏 奥須磨子先生による論文

 その資料ページの中に、松川氏が日本農業雑誌を担当している頃に掲載した「悪戯な小兎」1906(明治39年)年11月5日、「悪戯な小兎 後日譚」1906(明治39年)年12月5日というタイトルがありました。

 それを見つけた時点では、それがただちに『ピーターラビットのおはなし』と結びついたわけではありませんでしたが、この事実をただちに大東文化大学文学部・英米文学科 河野芳英教授に報告し、2007年4月27日に河野教授、なっつさん、ラピータの3人で国立国会図書館を訪れ、以下の雑誌の実物を確認したのです。

 1906年(明治39年11月、12月)発行 日本農業雑誌 2巻 3号、4号
 
 ここで時代背景についても少し触れておきたいと思います。明治時代(1868年から1912年)は、文明開化により日本に西洋の文明が入ってきたという世相の中、言語の世界においても、言文一致の運動により、それまでの文語体から口語体、より話し言葉に近い言葉で表現するという運動も行われました。

 松川氏の書いた「悪戯な小兎」を見ると、口語体で表現されたその文章になっています。明治という時代の中で、文章表現が大きく様変わりし、口語体へと移り変わって行くその時代背景をも読み取ることができるのです。

 また、何故「日本農業雑誌」に文学が掲載されたのでしょうか?という問いに対して、河野教授は一例としてこのように答えておられました。

 ”農業新聞とか農業雑誌というのは、古くから文学にも力を入れていました。明日の講義でジェイムズ・ジョイスというアイルランドの小説家を取り上げているのですが、彼の最初に発表された作品は、アイルランドの農業新聞に掲載されました。”

 その時代、産業を支えていたのは農業にたずさわる人々であり、農業に従事する人々が文学に親しみ、世界的な動向から見ても、これらは自然の流れだったのかもしれません。


本の内容

 1906年(明治39年11月)発行 日本農業雑誌 2巻 3号

  

 目次 54ページ目から始まる「田園文学」という項目の中に、「田園文学とは何ぞ」、「俳句(懸賞第一同)」、「川柳(懸賞第一同)」、「お伽小説 悪戯な小兎」松川二郎 となっています。

 
 (画像をクリックすると、大きな画像が開きます)
 59ページ 「悪戯な小兎」 松川二郎

 ビアトリクス・ポター/作 という名前表記は雑誌のどこにも見当たらず、イラストも原作とは少し相違する部分もありますが、その内容は『ピーターラビットのおはなし』そのものでした。但し、松川氏がどういう経緯でこの物語を知り、また翻訳することになったのかは不明です。

 河野教授が各社マスコミ関係者に送ったニュースリリースによると、

 ★『ピーターラビットのおはなし』は1902年、イギリスのフレデリィック・ウォーン社から出版されベストセラーになった。

 ★今まで『ピーターラビットのおはなし』は、1912年のオランダ語のものが、最初の翻訳であると思われていた。

 ★日本で最初に翻訳されたの『ピーターラビットのおはなし』は、1918年の「子供之友」(第5巻、7号、8号)であることが発見された。

 ★河野教授と、ビアトリクス・ポターのアマチュア研究家のなっつさんと、ラピータの3人が国立国会図書館で発見した1906年「悪戯な小兎」は、『ピーターラビットのおはなし』そのものだった。

 この発見により、『ピーターラビットのおはなし』が翻訳されたの国は、日本が世界中で一番最初の国であることが分かった。本当に大発見ですと、締めくくられていました。


 「悪戯な小兎」をあらためて読み返してみると、明治時代の日本で翻訳されると、このような文章になるというその事実が大変興味深いです。

 例えば、「おとうさんはにくのパイにされて」の部分が、「桶伏になって御殺されに」となっています。

 また、「だれだったでしょう、マクレガーさんです!」の部分が、「赤鬼青鬼よりも恐ろしい木平爺さんが」となっています。

 今の時代では到底思いつかないであろう訳ですが、その当時はこのように表現しないと、読者に伝わらなかったと考えると、『ピーターラビットのおはなし』という名作を通じて、日本語の100年の変化というのを知る上でも大変貴重な資料となることでしょう。

 また、文章ではなく、挿絵を見ることで物語をつないでいる部分については、挿絵が掲載されないことで、お話の筋がとぎれないように、文章として軽妙なタッチで紹介していることも興味深いです。

 例えば、挿絵でお母さんが子供たちに服を着せている場面を、「と言い乍ら、親切に着物の釦をかけてやつたり、靴の紐をしめてやつたりして、」と表現しています。

 また、日本農業雑誌2巻4号(1906年12月5日発行)に掲載された「悪戯な小兎 後日譚」は、『ベンジャミン・バニーのおはなし』でした。こちらは挿絵もなく、さらに文章が意訳されていて、まるでベンジャミンとピーターの掛け合い漫才のような口調で物語が進みます。

 
 (画像をクリックすると、大きな画像が開きます)
  57ページ 「悪戯な小兎 後日譚」 松川二郎

 明治時代の翻訳と言う点でも非常に興味深いものなので、文献の内容も、いつか広く一般に公開される機会があればと思います。


発見までの経緯

 この発見にいたった経緯をかいつまんで説明すると、去る5月8日大阪府立国際児童文学館(http://www.iiclo.or.jp/)において、1918年に婦人之友社より発行された「子供之友」第5巻7号、8号に掲載された「ピーター兎」の実物を見に行くという計画があり、河野教授より、それ以外に何か見たい文献があれば検索しておいて欲しいという依頼を4月17日に受け、その日は「Google(http://www.google.co.jp/)」を利用し、文献を検索するという作業に一日費やしました。

 大東文化大学(http://www.daito.ac.jp/)といえば、埼玉県こども動物自然公園(http://www.aya.or.jp/~sczoo/)内に、2006年4月にビアトリクス・ポター資料館(http://www.daito.ac.jp/kouhou/potter/)を開館させ、ビアトリクス・ポター研究において躍進が目立つ大学です。その資料の多さも桁外れですが、資料の価値、貴重さ、本来なら研究資料として一般の目には触れることのできないようなものも、日本のビアトリクス・ポターファンにも見てもらうことができたらという一念で、資料館を設立し公開しています。

 言い換えれば、私がどんなにがんばって文献を検索したところで、そのほとんどの資料は既に大学が所有しているということになるのです。そこで私は視点を変えて検索することにしました。

 まず今回その発端となった資料
 1918年発行 婦人之友社「子供之友」 第5巻7号・8号

 そもそもこの冊子に、「ピーター兎」が何故掲載されたのか?その経緯が知りたくなり、さらに私の妄想が広がり、もしかしたら1918年以前に「ピーター兎」という名前ではなく、もっと違った名前で『ピーターラビットのおはなし』が既に紹介されており、この冊子の編集部員はそれらを偶然見つけて掲載したのではなかろうか?と。

 そのように考え方を変えた途端、単調で眠くなるだけの検索作業が、急にやる気と根気がムクムクとわきあがり、「さぁ〜て、やるぞ〜」と検索作業が進んでいきました。

 私が考えたキーワードは、1918年より以前は「ピーター」「ラビット」というような言葉は使用されるはずはないと踏まえ、「兎」「1918年」という2つのキーワードから検索を始めました。でもヒットするのは、「兎に角(とにかく)」という言葉と、名前に兎という文字が入る方のページばかりで、次のページに期待しよう、いやその次には何かあるかもしれない、後から考えると仮説を組み立てた時点で何も根拠もないのに、検索をしている間はそんなことは深く考えず、「どこかにある、きっとある」と執念のような(ただ諦めが悪いとも言う)ものが、マウスをクリックする手を動かし続けていたのです。

 そして見つけた「悪戯な小兎」という文字!!!震える手でクリックし、「まさかね、まさかね」と昂ぶる自分の気持ちを押さえ開いたページは、和光大学助教授の奥須磨子先生による、松川二郎氏について調べた資料ページでした。。。。。

(2007.5.14 レポート作成: ラピータ 「ラピータの部屋」Contents)


掲載された主な新聞サイト:

読売新聞、毎日新聞

朝日新聞
http://book.asahi.com/news/TKY200705120125.html

ロイター通信
http://www.reuters.com/article/lifestyleMolt/idUST27428120070510
ロイター通信が配信してくれたので、世界各国で紹介されました。

ここに紹介した記事サイト以外にも、全国の地方新聞にも掲載され、5月9日から11日にかけて、新聞、ラジオを中心にピーターラビットの話題が全国を駆け巡りました。

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