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〜〜〜  ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅(2018年6月) 〜〜〜

3日目(6/19) 湖水地方 ボウネス・オン・ウィンダミア〜ニアソーリー〜ホークスヘッド〜コニストン
  


  • ヒルトップ農場 その2 玄関ホール(Hill Top Farm Beatrix Potter's House)

▼ヒルトップハウスまで続く小径

 ビアトリクス・ポターの聖地を巡る旅は、いよいよヒルトップ農場へと足を踏み入れることができた。見学できるのは、ヒルトップハウスと、ガーデン、ショップの3カ所。農場部分は柵で仕切られ立ち入り禁止だが、現在も羊などを飼育し農場を経営している。ここで飼育されている羊は、ビアトリクスが種の存続に尽力したハードウィック種と思われがちだが、ハードウィック種は高地向きの品種の為ここではあまり見かけない。この場所は例え初めて訪れてもどこか懐かしく感じる場所に違いない。何故なら、そこかしこに絵本で見慣れた背景が見られるから。


まずは小径から。ヒルトップハウスまでのアプローチとなる小径は、『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』に登場する。

▼ヒルトップハウスの玄関ポーチ


エントランスポーチは、『こねこのトムのおはなし』や、


クリスマスカードデザインとしても描かれた。

▼ヒルトップハウスは17世紀に建てられたファームハウス

 ヒルトップハウスは、17世紀に建てられたファームハウスで、天井が低くく、それぞれの部屋はそれほど広くない。玄関ホールは玄関扉を入ったすぐの部屋で、湖水地方に住む農夫は「ファイアハウス(firehouse)」とか「ハウスプレース(Houseplace)」と呼ぶそうだが、ビアトリクスはここを「玄関ホール(The Entrance Hall)」と呼んでいた。

 玄関ホールの灯りは、玄関扉の横にある大きな出窓から差し込む日差しだけで、夜はキャンドルライトの生活。といっても、多忙を極めるビアトリクスがヒルトップハウスで過ごせるのは1年の内でも数か月ほど。結婚後は住居をカースルコテージに移した為、灯りに関してはそれほど不自由はしなかったかもしれない。

 公開されているヒルトップハウスは、窓からの日差しと間接照明替わりにテーブルランプが何カ所かに設置されている。しかし部屋の暗さは相当なもので、カメラの撮影が許可されたものの、上手に撮影するのは難しかった。

▼ヒルトップハウスの玄関ホール



 ビアトリクスはゼラニウムを植木鉢で育て、霜が降りる季節が訪れる前に部屋の中へ入れていた。ゼラニウムの鉢は、『こねこのトムのおはなし』で玄関扉横の出窓に描かれ、『ピーターラビットのおはなし』でマグレガーさんの畑にある鉢を3つもひっくり返し、そして『フロプシーのこどもたち』にも描かれた。


 『パイがふたつあったおはなし』で、リビーの玄関扉に描かれたドアノッカーは、玄関ホールの暖炉のある壁の向かって左側の扉にかけられているデーモンキャットのドアノッカー。これと同じものを河野先生が探し当て、概観がヒルトップハウスにそっくりなビアトリクス・ポター資料館の調度品も本物に着々と近づいている。


 玄関ホールの暖炉は、『ひげのサムエルのおはなし』でこねこのトムが隠れる場所。


 暖炉の前の敷物は、布の端切れを何枚も重ね合わせたラグ(Rag Rug)で、湖水地方に昔から伝わる伝統的な敷物。暖炉の上に並べられた真ちゅう製の馬具の装飾金具ホースブラス(Horse Brass)は魔除けのような意味合いもあり、英国ではこのように暖炉に並べて飾ったりした。


 『ひげのサムエルのおはなし』でアナ・マライアがねり粉を失敬している場面、タビタお母さんは「そのねずみ、どっちへいった、モペット?」と聞きますが、モペットは怖くてどっちに逃げたか見ていませんでした。


 アナ・マライアが走り去った先にネズミ穴(mouse hole)を発見!

 ビアトリクスがヒルトップハウスを購入した際の最初の困った問題は、ひげのサムエルやアナ・マライアたちが厚い壁の隙間をすり抜け、煙突をかけのぼり、床板の下を走るなどということが起こり、ビアトリクスは「ネズミが96匹いた」とカウントするほどだった。


 ビアトリクスの父、ルパートがデザインした鳥や動物の図案が描かれた絵皿。この絵皿の内、6枚が日本にやってきて、1年以上かけて「ピーターラビット展」で展示されていた。ヒルトップハウスに展示されていたものが、この場を離れることなど有り得ないのに奇跡が起きた。こうして再び全部揃った状態で見ることができるなんて原画展での感動がよみがえる。

 ヒルトップハウスの玄関ホールに足を踏み入れただけなのに、そこかしこに広がる物語の数々。続いては玄関ホールの隣の部屋、応接間へ。

ヒルトップ農場へ その2(完)
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▼ヒルトップハウスの応接間

 ヒルトップ農場にあるヒルトップハウスは、どこもかしこも絵本の舞台として描かれ、時が止まったかのように感じる空間が広がる。ラッキーなことに今回で3回目のヒルトップ、少しは落ち着いて見学できるかと思いきや、憧れの地に足を踏み入れることができ興奮して動悸が抑えきれず、旅行前に予習したというのに本番で頭が真っ白になってただただ夢中でシャッターを押し続けた。

 玄関ホールに続いては、隣の応接間(The Parlour)へ。玄関ホールよりさらに小さな部屋で、部屋の両側の壁はパイン材を張り部屋の調度品や扉との調和が保たれている。



 この部屋ですぐに目を奪われるのは、大理石でできたアダム様式の暖炉。この暖炉はビアトリクスがヒルトップ農場を購入後に設置されたもので、特別な部屋という印象を与えてくれる。



 暖炉の上にあるのは、スタッフォードシャードッグ(Staffordshire dog)で、犬が口にウサギを咥えたグレイハウンドの置物。こうして暖炉の上に対で飾るのがヴィクトリア朝で流行り、別名「暖炉犬(fireplace dog)」とも呼ばれるほど。
その置物の間にあるのは、メイソンズ(Masons)のアイロンストーンシリーズの両手マグ。17世紀後半ヨーロッパで人気のあったシノワズリ(中国趣味)を、英国の名だたる窯がこぞって取り入れ、様々な紋様が生産された。ビアトリクスも、玄関ホールや応接間に飾るほど、お気に入りだった様子がうかがえる。



 壁に直接かけられているのは、ウェッジウッドの牡丹(Peoney)柄プレート。プレートの色合いが、部屋の壁や家具との調和して本当に素晴らしい。また、ヒルトップガーデンに植えられているのはシャクヤク(Peoney)で、牡丹の花と美しさはどちらも変わりない。『こねこのトムのおはなし』でもシャクヤクが描かれている。

▼アンティーク家具へのこだわりは18歳の頃から



 インテリアは、アンティーク家具の代名詞ともなっているマホガニー材で、暖炉の横にあるクロウ&ボールというオリエンタル調の脚がついた19世紀の折り畳み式カードテーブルと、部屋の真ん中にある丸いテーブルはチッペンデール様式のマホガニー三脚テーブル。椅子はフレンチ様式の布張りチェア。

 ビアトリクスは18歳の時に日記で「私が家を持っていたなら、アンティーク家具を買うのに。ダイニングルームはオークの家具を置いて、絵を描くための部屋はチッペンデール様式の家具」と書いている。

 1905年ビアトリクスは39歳でマイホームを手に入れ、玄関ホールの家具はオーク材で、応接間はチッペンデール様式と、日記に書いた通りに実行し、その行動力には改めて驚かされる。



 応接間の壁に取り付けられている吊り食器棚の中に、1902年エドワード7世戴冠式を記念したコロネーショングッズ(英国王室お祝い記念グッズ)のティーポットがあり、『パイがふたつあったおはなし』でリビーがお茶を振る舞う際に描かれたもの。


 ポットの蓋の部分が王冠になっている

▼マザーグースで多くの人に知れ渡ったジョン・ピール



 ビアトリクスが収集した書籍が並ぶ本棚の一番上に、ジョン・ピールのマグが展示されている。これは1935年、ジョージ5世即位25周年で、ニアソーリーの隣ファーソーリーにあった学校が記念行事を行う際、学校へビアトリクスが寄付したもの。



 マグに描かれた人物、ジョン・ピールは、キツネ狩りが好きな農民で、その逸話をマザーグースのメロディにのせて歌ったことで多くの人に知れ渡ることになった。このマグには、ゼンマイ仕掛けのオルゴールが付いていて、マザーグースのメロディが流れる限定生産のもの。この学校が1960年に廃校となり再びヒルトップに展示された。
ビアトリクスは『妖精のキャラバン』の第17章に馬車馬の歌としてジョン・ピールの歌を書いている。

 応接間は、自分の夢を叶えた自分へのご褒美のような素晴らしいインテリアに囲まれたビアトリクスにとって至福の部屋だったに違いない。

ヒルトップハウスはまだまだ続きます。
ヒルトップ農場へ その3(完)
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