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大東文化大学 ビアトリクス・ポター資料館に想いを寄せて
■ ビアトリクス・ポター資料館の建物 |
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英国、湖水地方ニアソーリー村にある「ヒルトップ」。ビアトリクス・ポターは、出版社のフレデリィック・ウォーン社に、一通の手紙を出しました。「今度の私の買物を、周りの人はみな冗談だと思っているようです。自分の丘を散歩するときは、巻尺をもって行っています。」 この手紙は、1905年10月10日に書かれたものです。ビアトリクス・ポターはその年の夏、小さなお屋敷「ヒルトップ」を購入したのです。ヒルトップのお屋敷は、17世紀後半に建てられたもので、Slate(石板)の屋根と不揃いの石を重ねた壁は、その当時の湖水地方での建築方式でした。1906年に2階の東側にニュールームと呼ばれる部屋が増築された以外は、当時の姿のまま現在に引き継がれ、英国のナショナルトラストが大切に管理し、一般に公開されています。 ビアトリクス・ポターは、湖水地方の美しい景観に魅了され、一生涯暮らす地としてニアソーリーのヒルトップに居を構えました。 埼玉県東松山市に建築されたビアトリクス・ポター資料館は、ニアソーリー村のヒルトップと建物の概観だけではなく、玄関入口のポーチや、建物内部の2階へ通じる階段も、忠実に再現されています。どうぞ、二つの建物をじっくりと見比べてください。 (参考文献:THE NATIONAL TRUST BEATRIX POTTER AND HILL TOP イラスト入り解説本) 以下は、実際に写真で見比べてみました。 左側が、2006年4月にオープンした、埼玉県立こども動物自然公園内にあるビアトリクス・ポター資料館 右側が、17世紀後半の建物、英国 湖水地方ニアソーリーにあるヒルトップ
河野先生の言葉にもあったとおり、何から何まで忠実に再現されたことが、写真を見比べていただければわかると思います。まさしく、日本のヒルトップと呼ぶにふさわしい建物ではないでしょうか。時代を駆け抜けて完成した日本のヒルトップを、今後は次々と新しい世代へと、ビアトリクス・ポターの小さな絵本の物語と共に、語り継がれていくことでしょう。 |
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